終戦記念日、日本という国を想う日(2019)

2017年、2018年と別々の記事になっていた分をまとめ、今年2019年をタイトルに入れました。
来年2020年もこの記事に追記をしていく形を取ろうと思っています。


昨日、2019年8月15日は終戦記念日でした。74回目、つまり、戦後74年になるそうです。

2017年にはまだ何も知らなかった、気づいていなかったことが、2018年には少しずつ気がつきはじめました。
まだまだ自分の言葉でアウトプットするほどの知識を持ち合わせていなく、受け身の学びが続いていますが、テレビを見ていて、「あ、この人、変なこと言ってるよね?」というのが最近、少しずつですけど、わかってきました。
たとえば、この前の「日曜報道」の橋下さん。(櫻井よしこさんとの討論で)

と言っても、まだまだわからないことのほうが多いので、今年も正しい歴史の史実の本を読みながら知識を蓄え、来年2020年の東京オリンピックに、もし、韓国が参加しないことになったとしても、「いやいや、これはね、こうこうこういうことだから、我々、日本人が韓国の人たちに対して、引け目や負い目を感じることはないんだよ」と、ちゃんと「こうこうこういうことだから」の部分を自分の言葉で説明できるようになることが目標です。

ということで、今年はここに、この本の紹介を付け加えたいと思います。

内容の理解を助けてくれる「副読本」もありますよ。(自分はまだ読めてませんけど。笑)

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終戦記念日、日本という国を想う日(2018)

今日8月15日は終戦記念日です。73回目、つまり、戦後73年になるそうです。
去年、2017年は、北朝鮮のミサイル発射計画の脅威がある中での「終戦の日」でした。
今年、2018年は6月12日に、アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による史上初の米朝首脳会談が行われたあとでの「終戦の日」です。

この米朝首脳会談の成果の有無は、まだ評価しがたいかもしれませんが、去年は、想像しえなかったことが今年、行われたことは事実です。

この時期に読んでほしい、「終戦のローレライ」と「永遠の0(ゼロ)」

この時期になると思い出す本が2冊あるので、紹介しておきます。

福井晴敏氏の「終戦のローレライ」と百田尚樹氏「永遠の0(ゼロ)」です。

福井晴敏氏の「終戦のローレライ」

今、これを書きながら、冒頭の、広島に原爆が落ちるシーンを思い出しました。
何もわからないまま、一瞬にしてすべてを奪われた人たちの無念さを想像しました。

いちおう、フィクションだと思います。
けど、そういう計画が本当になかったとは史実的にも言い切れないんじゃないかと思ってます。

つまり、広島、長崎の次の、原爆を落とす予定地は、首都「東京」であったと。

そして、それを阻止しようと命をかける人たち―

実際、戦地に赴き、犠牲になった人たちは、日本の将来に夢を、希望を託したのは事実ではないでしょうか。

映画化されて、ちょっとイメージ崩れちゃった気がしますけど、ぜひ、原作で読んでほしいです。

全4巻の大作です。

百田尚樹氏「永遠の0(ゼロ)」

すごい感動作でした。何度も泣かされました。
そして、読後は心というか魂というか、浄化されました。

第二次世界大戦をよく知らない自分のような世代は「絶対読むべき」といっても過言でない本だと思います。

「終戦のローレライ」も第二次世界大戦のストーリーだけど、設定からしてフィクションという枠から抜けないし、作り上げてる感もあったけど、「永遠の0」はもっと史実に近く、その分、生々しいです。

でも、こんな時代がまだ70年ちょっと前に本当にあったこと、我々、日本人は忘れちゃいけないと思います。

これ読むと、靖国参拝、なぜわるい?って思えてなりません。

ちなみに、文庫本ですけど、すごいぶ厚いです。ふつうのブックカバー、かかりません。笑
本の厚みによって、調整できるタイプのブックカバーじゃないとダメでした。

百田尚樹氏については、最近、ちょこちょこ触れている「偏向報道」の関連で、「虎ノ門ニュース」もあり、最近はかなり印象が変わりました。

終戦記念日、日本という国を想う日(2017)

今日8月15日は終戦記念日です。72回目、つまり、戦後72年になるそうです。
折しも、北朝鮮のミサイル発射計画の脅威がある中での今年の「終戦の日」です。

終戦から72年もたって、いい加減、平和ボケしてしまった我々日本人(自分も含め…)も、72年前までは「戦争」をしていたわけだから、今日この日くらい、少しは、日本の歴史を顧みることも必要かもしれません。